2026年7月7日
【2026年7月号】10円玉から宇宙まで ── 未来はもはや過去の延長線上にない
10円玉から宇宙まで ── 未来はもはや過去の延長線上にない
このコラムは、いつもトランプ米大統領の話題から始まります。けれど今日は趣向を変えて、日本人なら誰もがなじみのある「10円玉」から話を始めてみたいと思います。
もし3年前にこんな話をしたら、笑われたでしょう。「10円玉が、溶かせば11円になりますよ」「日本の国家予算を超える160兆円もの資産を持つ富豪が現れますよ」「金(ゴールド)が、盤石なはずの米国債を追い越しますよ」「日経平均が7万円を超えますよ」と。ところが、これらはすべて、この一か月で現実になりました。冗談のような出来事が、当たり前の顔をして紙面に並んでいる。いまや世界は、足し算のような直線ではなく、掛け算で膨れ上がる指数関数の速さで動いているのです。
お金の「値打ち」とは、何で決まるのでしょうか。私が世界の政治と経済を毎日にらんで突き詰めると、必ず一点に辿り着きます。「世界のマネーは、これからどこへ向かうのか」。今月はあの10円玉を手がかりに、足元から宇宙までをご一緒に旅してみましょう。このコラムが、皆さまの羅針盤になれたなら幸いです。
なぜ、10円玉なのか ── すべてはAIに吸い込まれていく
犯人は「銅」です。10円玉の素材の95%は銅で、その値段がこの5年で2倍になりました。JX金属によれば、国内建値は1トン234万円と最高値を更新。造幣局の試算では、10円玉の素材価値はいまや「時価10.5円」です。では、なぜ銅がこれほど上がったのか。思いがけない名前が出てきます。AI(人工知能)です。
AIを動かす巨大なデータセンターは、膨大な電力と、それを通す大量の銅を必要とします。電気自動車(EV)1台が使う銅は、ガソリン車の3〜4倍とも言われます。世界中でAIの建設ラッシュが続くいま、銅は奪い合いとなり、そこへ1ドル160円台の円安が重なって、手のひらの硬貨の値打ちまで押し上げた――というわけです。一枚の10円玉の裏に、世界を巻き込むAIの胎動が隠れていたのです。
いまやAIは、数ある話題の一つではありません。資金も資源も価値も吸い寄せる、ブラックホールのような存在です。日経平均が史上初めて7万円台に乗せ、終値7万1053円をつけたのも、けん引役はAI関連。米エヌビディアは5〜7月期に95%の増収が見込まれ、これまで主役のGPU(画像処理半導体)に加え、CPU(コンピューターの頭脳にあたる中央演算処理装置)まで復権し、半導体需要はこの先10年分が見込まれます。米テック大手は稼ぎ以上の額を投資につぎ込む「勝者総取り」の様相です。銅も電力も人型ロボットも、何もかもがAIへ吸い込まれ、REIT(不動産投資信託)も軍需産業さえ「AI関連」として括られていくのです。
宇宙まで飛んでいくお金 ── 期待が、現実を追い越すとき
その熱が行き着いた先が、ついに地球の外でした。今月、スペースXが米ナスダック市場に上場したのです。初値は約150ドル、時価総額は一時2兆ドル超。ロケットでも衛星通信「スターリンク」でも肩を並べる相手がおらず、競争なき絶対性が評価の土台です。創業者マスク氏は、世界で初めて純資産1兆ドルを超える「兆万長者(トリリオネア)」となりました。
160兆円超、米GDPの約3%。2位グループ(2千億ドル台)を大きく引き離す、桁違いの富です。
この会社、最終損益はまだ赤字です。それでも株価売上高倍率(PSR)は113倍と、エヌビディアの23倍さえ上回ります。普通は数倍が常識ですから、いかに「期待」が冷徹な算術を追い越しているか、お分かりいただけるでしょう。それでも日本の個人もこの旅に乗り込み、みずほ・楽天・SBIの3証券が初めてスペースX株を扱い、国内の募集枠は4000億円に膨らみました。
ここに、投資というものの原点が見える気がします。儲かるか、儲からないか。実は、人を動かすのはその算盤だけではありません。
「あのスリル満点の夢を、イーロン・マスクと一緒に見てみたい」―損得を超えたその高揚こそ、お金を未来へ投じる、いちばん根っこの衝動なのではないでしょうか。米国株市場は24時間取引へ動き出し、日本のマネーを猛烈に吸い寄せています。マネーは国境も地球も、そして損得の物差しさえも、軽々と越えていくのです。
空飛ぶお金と、縛る国家 ── 分断と、和平への胎動
もっとも、マネーが国境を越える一方で、国家はむしろ壁を高くしています。米国は最先端AIを輸出管理の対象に指定し、日本を含む海外への提供を一時止めました。中国はレアメタルを囲い込み、関連品の輸入を今年1〜5月で6割増やした。各国の中央銀行はドルへの信頼を手放して金を買い増し、ついに準備資産で金が米国債を上回りました。世界の核弾頭数も4年連続で増え、9745発に達しています。
その一方で、地政学に目を向けると、長く対立してきた地域に、和平への胎動も見えます。米国とイランは、戦闘を停止する覚書で合意し、少なくとも六十日間の停戦のもとで和平協議を進めています。緊張の続いたイスラエルとレバノンの周辺でも、六月、米国の仲介で「恒久的な平和と安全」を目指す枠組み合意が成立しました。もっとも、停戦はイランが支えるヒズボラの完全な攻撃停止が条件で、当のヒズボラは武装解除を拒んでおり、なお曲折も残ります。原油もまた、中東一辺倒から調達先を多角化させる動きが進んでいます。分断と対話、囲い込みと歩み寄り。世界はその両方を、同時に抱えて進んでいるのです。
米国について、英フィナンシャル・タイムズのマーティン・ウルフ氏は「AI革命に世界で備えを」と説き、英エコノミスト誌は「AIで覇権を振るう米国」と論じました。米国は最先端技術を自国と同盟国に留めようとしています。けれど、他国がただ指を咥えて眺めるはずもありません。むしろ余計に燃え上がり、壁を乗り越えるオープンソースのAIを次々と世に出してくる。大国の囲い込みへの反発こそが、次の革新の火種になる。せめぎ合いのなかで、資本主義はかえってダイナミックに育つのだと、私は思います。
足元の「重力」と、静かな底力
空ではお金もAIも成層圏を突き抜ける。けれど私たち日本人の暮らしには、引き戻す強い「重力」がのしかかります。日銀は31年ぶりに利上げし、政策金利を1.0%に。円は一時1ドル162円台と39年ぶりの安値に迫り、今月から2500品目以上が値上げされました。
一方、企業は過去最高益を上げながら投資に回しきれず、定期預金をこの2年で25兆円も積み増す。個人はiDeCo(個人型確定拠出年金)の手数料が3倍に上がり、住宅ローンの固定金利は3.5%へ。富裕層だけは増え続けています。経済学者トマ・ピケティが2013年の『21世紀の資本』で、資本主義を放っておけば格差はさらに広がると説いたとおりの光景が、いま現実になりつつあります。
けれど、世界経済に大きく影響を及ぼす米国の雇用統計を見ていると、6月では、非農業部門の就業者数が前月から17.2万人増え、市場予想を大きく上回りました。早期の利下げ観測がやや後退したほどの強さです。AIによる人員削減が進んでもなお雇用が堅調なのは、職を離れた人材が別の場所で新たな活躍の場を見つけている――人の「流動性」が保たれている証しです。人が動けば、その人の技術もノウハウも一緒に動く。一社で培われた知恵が、人を介して別の産業へ広がり、経済全体が静かに底上げされていく。力強い雇用の数字は、その何よりの証しではないでしょうか。
ふたたび、手のひらの10円玉へ
足元の硬貨から宇宙まで、ずいぶん遠くを旅してきました。最後に、最初の10円玉へ戻りましょう。あの一枚が教えてくれるのは、「昨日の当たり前は、もう当たり前ではない」という一事です。一枚の10円玉から、宇宙を駆けるマネーまで。これほど隔たったものが、AIという一本の糸で繋がっている。それが、いま私たちの立つ世界です。
かつて世界一の汚染大国と言われた国が、気づけば世界トップクラスのEV大国へと変貌を遂げている。これも、その一つの例にすぎないのでしょう。AIが私たちの生活の基盤になってきたいま、問われているのは、AIを恐れることではなく、彼らといかに共存していくかです。その共存こそが、第四次産業革命の時代を生き抜く鍵になる。そして第四次産業革命のうねりの中では、もはや過去の延長線上に未来はない、という可能性の方が高くなってきている。その事実をしっかりと認識し、自らをアップデートさせながら、明日からの毎日を共に力強く歩んでいきましょう。
IFA(独立系金融アドバイザー) 園田 悠子

